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2006年3月 4日 (土)

「香川菊地寛賞」と伊藤健治さん

 伊藤健治さんは、私の中学時代の英語塾の先生です。
先生は小さい頃からの難病で自分で動くことは出来ませんでした。
でも我々、田舎の中学生はそんなこと全然気にすることなく
ワイルドでちょっと小室等に似ていた先生のことがみんな大好きでした。

その先生が今年の「香川菊池寛賞」を受賞しました。
そして、その授賞式に出席することなく先日亡くなりました。

先生は評論や論文は多々発表していたのですが、小説を書いたのは
今回はじめてで、はじめて書いたものが大賞を受賞したそうです。

だからなおさら周囲の落胆ぶりが大きかったようですが、
昨日、葬儀が地元、観音寺市で執り行われたそうです。

出席した妹によると、「映像あり、歌ありの良い式」だった」とのこと。
それを聞いて何だかまた泣けてきました。

私が文章を書くのが好きになったのは、実はこの先生のお蔭です。
人をおだてたり、誉めたりするのがとっても上手な人で、
私が中学を卒業するときに贈ってくれた言葉が、

「マサミは文章書くのがうまいからな、書きつづけたらええもんになるよ」

この言葉がずっと私の心にありました。
先生が書いた小説のタイトルは『財田川夏物語』というものです。
先生の人生がこの物語のなかに投影されているのだと思います。
前にこのブログに書いた『青春デンデケデケデケ』の高校は、
伊藤先生の母校でもあります。この母校で講演中に倒れたということです。

中学生の私たちに、ソフィア・ローレンの「ひまわり」の愛と涙を説いた人です。
いかに寺山修司が素晴らしい才能の持ち主であるか、教えた人です。
「てらやま」ってだれよ~と言っていた私たちが分ろうが分りまいが、
自分の好きなもの、愛するものを全エネルギーで語っていたのはこの人です。

心からご冥福をお祈りいたします。
「さよならだけが人生だ」中学の頃、先生に教えてもらった言葉です。
永年にわたり支え続けてこられたパートナーの松岡純子さんに敬意を表します。

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コメント

伊藤さんが亡くなったのを、私も今月知りました。学生時代(10数年前)、知人に連れられてお宅へお邪魔しました。
本だらけのお家と、読ませて頂いた論文に感激しました。
東京にきてからも、新聞社に行ってその論文を買って読みました。
人柄もとっても、印象深い人でした。

投稿: K.Fukuda | 2006年3月17日 (金) 18時44分

 そうです!お宅は本だらけでした。
3月8日の四国新聞はお読みになりましたか?
上村良介さんという大学教授で劇団を主宰されている方が追悼文を寄せています。
深く親交があった方だからこそのコメントが書かれていますので、
機会があったらぜひ読んでみてくださいね。
東京支社で見せてくれるかもしれません。
締めくくりのコメントには心から共感できました。

投稿: M | 2006年3月19日 (日) 09時57分

昔ながらの知識人だったと思います。分ろうが分りまいが、全エネルギーで語っていました。青春時代に恩師だった人も、隠れて多いかもしれませんね。論文の一節も心に残っています。

投稿: ぼふらぎん | 2007年2月15日 (木) 20時20分

今も伊藤先生のことを慕っている人は多いです。
論文の一節はどんなところですか。
それから早く『財田川夏物語』出版されると良いですネ。
もう出版したのかな?まだですよね。

投稿: M | 2007年2月17日 (土) 15時41分

「大人になるということは、子供の頃のファンタジーを、普段見慣れている街角の風景に塗り替えていくと言うことだ。子供の頃耽美なファンタジーに生きた人間は、大人になるときに自分の夢に復讐される。」といった一節だったと思います。銀河鉄道の論文でした。
『財田川夏物語』は文藝もず七号で読みました。

投稿: ぼふらぎん | 2007年2月18日 (日) 01時08分

初めまして。かな?
ひょっとしたらお会いしたことがあるかも知れません。

私も1984~90年頃に中学高校時代に先生の塾に通い、卒業後も
帰省の度に遊びに行っていました。塾生時代はいつも塾が終わって
から、先生や仲間たちと遅くまで映画や小説や音楽の話をしてました。
ついつい時間を忘れて、気がつくと12時を回ってたりすることも
しばしば・・・
夏にはバーベキューをしたり、映画上映会や音楽鑑賞会をしたりと、
とっても楽しい塾生活でした。塾というよりも寺子屋的な雰囲気
でしたね~。

大平さん同様、私が先生から受けた影響は計り知れないものが
あり、先生のお陰で今の自分があると言っても過言ではありません。
理系の人間にも関わらず文学・芸術や色々なジャンルのことに
興味を持つようになったのは、先生の影響が大きかったと思います。
学生時代、帰省すると先生に「こいつ、変な奴での~。宇宙の
研究やんりょるくせに、文学や映画がホンマに好きな奴なんや~」
と、言葉とは裏腹に、嬉しそうに皆に紹介して貰ったものでした。

たとえ躰が不自由であっても、先生は誰にも負けない先生だけの
"翼"を持っていましたね。
 《どんな鳥も想像力より高く翔ぶことは出来ない》
 《歌ひとつ覚えるたびに星ひとつ熟れて灯れるわが空をもつ》
先生から教えてもらった寺山修司の言葉は、心に刻まれて
忘れられません。と同時に、"自分の空"を見つけ出し、
その空を自分の"翼"で翔けぬけることの大切さを教えられ
ました。

しかし、本当に、先生は早く翔け過ぎましたね。
もう少し、我々を導いていて欲しかったです。。。

昨日の3月10日の先生の誕生日に観音寺の琴弾荘にて
『財田川夏物語』の出版記念祝賀会が行われ、帰省して
出席してきました。会場には先生の大きな写真が飾られ、
新聞の切り抜きなどが展示されて、とても素晴しい祝賀会
でした。
本も、祗園橋で蛍を眺めてる姿を描いた素敵な装丁で、
とてもいい本に仕上がっていると思います。

『財田川夏物語』は自主出版とのことですが、
以下のページで注文出来るようですよ。
http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-86069-161-5.html
『財田川夏物語』
著者:伊藤健治
イラスト:豊嶋明子
発行日:2007年3月10日
発行所:吉備人出版(http://www.kibito.co.jp)
ISBN978-4-86069-161-5 C0093

ではでは。長文失礼いたしました。

投稿: hassie | 2007年3月11日 (日) 09時13分

追伸:
すみません。表紙の絵、祗園橋ではなくて、ひだらい橋でした。
今日、小説を読み返していて気付きました。
ひだらい橋と言えば、小学校のときに浄水場に見学に
行ったのが思いだされます。

投稿: hassie | 2007年3月11日 (日) 18時27分

hassieさん、コメント有難うございます。そうですか。3月10日が誕生日だったのですか。何だか私はさらに親近感。同じ魚座です。(あまり関係ないですが・・・)
確か妹が出版パーティがあるようなことを以前言っていたことを思い出しましたが
昨日だったのですか。出版されて良かったですね。
でもバーベキューや夏の合宿、花火など、
あの近くの神社というか小山で行いましたよね。OBの人も元気で魅力的な方が多かったもの。
もしかしたら、はるか何十年前にお目にかかったかもしれませんね。
伊藤先生のページは昨年書いたにも関わらず、今でもコメントを頂くことが多く幸せです。これもイトウケンジパワー!ですね。空に輝く先生の星☆が様々な人を結びつけているような気がします。合掌。

投稿: M | 2007年3月11日 (日) 19時07分

こんばんは。
昨年のGWの納骨式に出席したとき、純子さんや義兄さんたち
から、「受賞元の版権の切れる3月には本にしたい」とのお話を
伺っていました。
『青春デンデケデケデケ』が出た頃、先生は「俺も前からこんな
物語が書きたくて、色々と構想を練んりょるんや。」とおっしゃって
いましたが、あれから十数年、それがようやくひとつの本になり、
とても感慨深い思いで一杯です。
先生がご存命でないのが寂しいところですが。。。

近くの山は天神山でしょうか。私は先生とは行ってないのですが、
小学校の行事でデイキャンプに行って飯ごう炊飯をしたことが
あります。
我々のときはバーベキューや花火は先生の家の庭でやり、
合宿は無かったです。でも、上の世代のOBの方々から、
その頃の話を伺ったことがあります。大学進学後も、行事には
帰って来て現役生の手伝いをされていたりしたとか。
ひょっとしたら、大平さんの合宿のときにもいらしたかも知れませんね。

>空に輝く先生の星☆が様々な人を結びつけているような気がします。
本当にその通りですね。
昨日の祝賀会も様々な人たちが全国から集まりましたし、
存命の頃から先生の家には世代を越えて色々な人が集まり、
楽しい場所でした。
昨日の祝賀会でも「先生はハブ空港のような人だった。我々は
小さな飛行機で、それらが先生のところで一箇所に集まり、
暫し羽を休めて英気を養い、また世界へと羽ばたいてゆく・・・」
といったお話がありましたよ。

投稿: hassie | 2007年3月12日 (月) 00時12分

今の時代、先生の様な真正の知識人がどんどんいなくなって来ていると思います。
伊藤先生のご冥福を心よりお祈りいたします。
書店で注文した『財田川夏物語』が届くのが楽しみです。

投稿: ぼふらぎん | 2007年3月12日 (月) 00時24分

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投稿: 新・無料ブログサービス「リスッパ!」 | 2007年3月13日 (火) 20時38分

はじめまして! 香川県高松のタケシです。伊藤さんとは同じ病で、十六年間くらい、交流がありました。「財田川夏物語」が出版されたことを知り、うれしくて書き込みしています。彼の生前にもっと色んなことを話せば良かった、と悔いは残ってますが、皆様が先生とかけんちゃんと呼んでいることに改めて偉大で優しい冒険家だったなとしみじみ思い出しています。

投稿: タケシ | 2007年3月21日 (水) 21時00分

タケシさん、コメントありがとうございます!
先生のことを冒険家と思ったことは
ありませんでしたが、そう言われてみれば、
冒険家の名が相応しいかもしれませんね。
私も上京してから、あまり先生を尋ねておらず、
その点ではタケシさんと同じ気持ちです。

投稿: M | 2007年3月26日 (月) 12時48分

さっそく、レスをありがとうございます(^-^) 伊藤さんと知り合ったのは、ボクが療養所を出て、在宅となってすぐのことでした。いろんな話をしてくれたけど、何よりも人生を楽しむことを教えてくれたと感謝してます。ちなみに、ボクもブログをやってます。良かったら、のぞいてみてくだされ!

投稿: タケシ | 2007年3月27日 (火) 19時13分

まことに勝手ながら、くろしゃむが返らぬ者となり、ブログ「我輩はくろしゃむである」を閉鎖しました。一年間という短い間でしたが、訪問して下さり、ありがとうございました。お詫びとともに感謝を捧げます。
新に、映画を紹介するブログWhat the movies want.を始めました。
http://cat-snail.jugem.jp/
リンクをして下さっていた皆様には、お手数ですが、ブログURLを登録し直して頂ければ幸いです。
無理を申しますが、引き続き、ご愛読をよろしくお願い致します。

タケシ(Cat-snail)

投稿: タケシ | 2007年4月28日 (土) 19時28分

すみません。伊藤さんの話題なのに、我のブログの宣伝だけコメントしちゃって申し訳ないです。お手数ですが削除をお願いします。

投稿: タケシ | 2007年5月12日 (土) 20時31分

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